本田武彦
昨年の秋、私の実家の父が67歳で亡くなりました。肺ガンでした。病気が発見されてから3カ月余りで逝ってしまったので、その間会うことができたのは、ほんの数回でした。「また近いうちに来るし」「ああ、気をつけて帰り」それが最後の会話になりました。次に会った時、父の顔には白い布が掛けられていました。そっと持ち上げると、そこには意外なほど安らかな表情がありました。それから3日間、ずっと父のそばに居ました。今までずいぶん長い時間を父と過ごしてきたはずなのに、その3日間ほど父を思い、父に話しかけたことはありませんでした。浮かんでくるのは思い出が半分、後悔が半分。自分が父から与えられたもののあまりの多さ、大きさに初めて気づき、それらに対して何も返してこなかったことを心底情けなく感じました。そして改めて、人が亡き父母の追善供養を願い、そのために手を会わせずにはおれないという思いの深さをも知らされました。しかし同時に、亡くなった人のために何かができるような力など、私には決して無いのだということも明らかなことであります。もしそのようなことができるのだと言うならば、それは傲慢以外の何ものでもないでありましょう。
『歎異抄』第5章には「親鸞は父母(ぶも)の孝養(きょうよう)のためとて、一返(いっぺん)にても念仏もうしたること、いまだそうらわず」(真宗聖典628頁)とのお言葉があります。人間の思いがいかに深いものであろうとも、真実はそれを越えた厳然たるものであることを明らかにされているのです。聞きようによっては冷たくすら感じるこのお言葉の中には、念仏の教えに目覚め真実に生きよ、との聖人の熱い願いがこめられているのだと感じたことであります。
父はその命をもって、返しても返し切れず、また決して無くなることのない大切なものを私に与えてくれました。