加藤淳
渡辺哲雄さんが『老いの風景』という本で次のような話を紹介しています。
ツルとカメという名前のめでたさに加え、双子の姉妹が揃って百歳の長寿を達成した珍しさで、誕生日には多くの報道陣が二人が住む養護老人ホームに詰めかけた。
「如何ですか?こうしてお元気で百歳の誕生日を迎えられた感想は」という質問に「いかがも何も長生きしすぎたせいで、夫や子どもには先立たれるし、孫はたまにしか面会に来てくれせんし、正直言うていいことは一つもありませんナモ」とツルは答えたが、カメの方は「わたしゃあ、夫や子どもの最後の世話もこの手でできたし、孫は思い出したように面会に来てくれるし、幸せすぎて涙が出ます」と深々と頭を下げた。
「施設の暮らしはどうですか?」という質問には「こまごまとした決まりがようけあって窮屈なもんですわ。狭い二人部屋で気兼ねはせんならんし、風呂は二日おきにしか入れえせんし、ええことは一つもあれせんナモ」と、怒ったように眉を上げるツルに対し「同じような年寄りが一緒にいてくださるので、ちっとも淋しゅうはないし、お風呂も二日に一度は入れてもらえるし、幸せすぎて涙が出ます」と、カメはまた頭を下げた。
「最近の世の中をどう思われますか?」とマイクを向けられると「ほうやのう、空気は悪いし、人はとげとげしいし、政治家は悪いことをするし、物価は高いし、ええことは一つもあれせんナモ」と、ツルが表情を曇らせるのに対し、カメは「皆さんに親切にしてもらった上に、年金までいただいて、幸せすぎて涙が出ます」と目の高さで合掌してみせた。
さて、皆さんはこの話を聞いてどう思われましたか?一体私は何を生活の中心にして生きているのだろうということを考えさせられました。私は幸せになりたいということを望みながら生活をしています。しかし、それとは逆に不幸な目にあったり、悩みがあることも私の人生です。いいことばかり経験していくことだけが私の人生ではなく、見たくないこと、経験したくないこともまた私の人生だと受け止めていくところに、カメさんの生き方があると思います。カメさんは百年の人生で何に出会ったのでしょうか?本当に私が願っていることは何かということを考えていきたいと思います。