008正 見

本多 力

 「どうして、ウサギさんが、屋根の上に乗っているんですか?」
 これは、一〇年ほど前に、私が住職をしているお寺に社会学習でやって来た小学生の女の子が、私に問いかけた質問です。その女の子は、梵鐘堂の屋根の四隅に取り付けられている、ウサギのような姿をした動物の瓦に興味を持ったようです。

 私は、その女の子に質問されるまで、その動物をかたどった瓦が何を表そうとしているのか、あらためて考えたことが一度もありませんでした。そこで、その瓦が何を表しているのか人に聞いたりしましたが、結局、確かなことは分かりませんでした。

 眼を開けば、どこにでも教えはある、と言いますが、まさに、この女の子は、そのことを教えてくれたように思います。
 親鸞聖人が『正信偈』に「覩見諸仏浄土因」と述べられているように、まず、物事のありようをつぶさに見るということが大切なのでしょう。見るということを通して、「五劫思惟之摂受」と、よくよく考えるということがなされていくのでしょう。

 しかし、「邪見憍慢」なる私たち人間は、自分の思いにとらわれて、なかなか物事を正しく見ることができません。それどころか、自分の興味が無いものは見ようとしなかったりして、目の前にあるものですら見ていなかったりします。無関心でいることが、私たちの心の闇、世の中の闇を深めていっているのではないでしょうか。

 『仏説無量寿経』にも、「開彼智慧眼(かいひちえげん)滅此昏盲闇(めっしこんもうあん)」(『真宗聖典』二五頁)と説かれています。感性を研ぎ澄まし、眼を見開いて、物事や世の中のありようをよくよく見ていく。そうすることによって、浄土真宗のみ教えを聞思していく身となっていく。

 そのことを、あの時の女の子の問いは、私に気付かせてくれたように思います。

(南勢一組・玄德寺住職 二〇一三年三月中旬)