030優劣を超える

松下至道

私は以前、聞法会で子どもを亡くされた方の話をしたことがあります。自分は僧侶だが、どういう言葉をかければいいか分からない、と話した時、参加者の中に、「子どもを亡くすということは悲しみの極みだけど、その方の場合は何人かおられるお子さんのうちの1人でしょ。私たちに比べればましです。私たちは2人いた子を両方亡くしたのだから。そういう人もいると言ってあげてください」と言われた方がおられました。

私はその言葉に応えることができませんでした。その方は子どもさんの死の悲しみを乗り越えたいと願っているはずだと思います。それが、本人は慰めるつもりなのでしょうが、悲しみさえも比較の材料にして、悲しみにおいて優越感を得ようとしてしまっておられる。人は自分の悲しみさえも、他人と比較して優劣をつけて苦しんでいくものだということを感じました。何回か聞法会に足を運ばれている方ですが、「聞いていても何にもなっていない」とも言われていました。

優越感や劣等感の悩みを超えることが聞法をすることの大きな意味です。「青色青光、黄色黄光、赤色赤光、白色白光」。比べる必要がないことを教えてくださっている『阿弥陀経』の言葉です。人間の世界では優越感や劣等感を超えることはできない。だから、仏様が人間の世界を超えたお浄土を建立されたのです。

聞法会に参加されていた方は、「聞いても何にもなっていない」と言われながら、それでも聞法会に参加され続けられている。それは、仏法に自分たちの問題を超えていく道があることをどこかで感じておられるからだと思います。

私は、優越感や劣等感を超える道は浄土の教えを聞くことだけだと、ある聞法会に出たときに感じさせてもらいました。それ以来、人間の世界を超えたお話を聞くのですから簡単ではないですが、それでも優劣の苦しみを超えるには教えを聞き続けること、それだけだと思っています。

029秋の日に想う

尾畑潤子

長く厳しい残暑も、彼岸花の開花と共に秋の訪れとなりました。「曼珠沙華」ともいわれる彼岸花は、仏教を語源とするからなのか、それとも、開花がお彼岸と重なるからなのでしょうか。地域によっては「そうしきばな」などと呼ばれて、家屋敷を飾る花とはなっていません。しかし、そんな彼岸花に懐かしさが感じられるのは、移ろいゆく秋の風情のなかで、突然のように真っ赤に咲いて、散ってゆくあり様が、不確かないのちを生きる私たちの身に重なるからなのかもしれません。

新美南吉の童話に『ごんぎつね』があります。物語は、病気の母と暮らす兵十(ひょうじゅう)が、母親のために獲ったウナギを子ぎつねの「ごん」が、ふとしたいたずら心から、川に逃がしてしまうところから始まります。

ある日、ごんは、あたり一面に真っ赤に咲く彼岸花の中を行く野辺送りの列に出会い、死んだのは兵十の母親だと知りました。いたずらを後悔したごんは、せめてものつぐないにと、こっそり栗やまつたけを兵十の元に届けますが、ごんの思いは伝わらぬまま、兵十の放った銃によって、ごんはいのちを終えていきます。

きつねと人間という立場を異にした関わりの中で、分かり合うことのできなかった悲しみが胸に沁みます。しかし、これはなにも、ごんと兵十の関係に限ったことではないのでしょう。人と人との間を生きる私たちもまた、同じ家、同じ地域、同じ国にあっても、男であるとか、女であるとか、財産や地位があるとか、最近は国益にかなうなどと、それぞれの立場に固執して、ごんと兵十と同じように、言葉の通じない世界を生きているのではないでしょうか。

他者の声を聞いていても聞こえてこない。他者の存在をみていても見えていない。分かり合えないまま、日々を生きています。そういう立場を絶対化した私たちの現実生活が、仏の世界、つまり彼岸から問われているのでしょう。

秋の日に咲く彼岸花は、別名を「柔軟花」(注)ともいうそうです。私一人を世界とするような硬直したありように、「それでいいのか」と、絶えず私に呼びかけている仏さまの願い。その願いを知らせるように、今年もまた彼岸花が咲いています。

(注)「柔軟花」 出典は『大漢和辞典』五、大修館書店刊

028「ありがたい」の出どころ

本田武彦

「ありがたい」、「ありがとうございます」という言葉は、阿弥陀仏のご恩をいただく真宗門徒にとって、また人と人が共に暮らしていく上でとても大切なものであります。しかし、ややもすればそれが単なる口癖となり、かえって自分自身の生活の在り方を見つめる眼を曇らせることになるのではないかと思うことがあります。

月々のお参りなどに伺うと、私よりも年配の方がみえることが多いのですが、やはり体のあちこちに不調を抱えておられる方がほとんどです。また、それにともなって、生活の中の仕事が今までのようには進まなくなってくるのは、誰もが感じておられるところでしょう。そして、そうしてお話しされた方は「まあそれでも、何とかやっておるのやでありがたいと思わないかんわな」というようにおっしゃるのが常なのです。日常よく聞き、また私自身も使ってしまう、この「ありがたいと思わないかん」という言葉ですが、あらためて考えてみると、どうにもおさまりが悪いような気がしてならないのです。

「ありがたい」、「ありがとうございます」というのは、本来とても素直で美しい言葉だと思います。しかし、それが「ありがたいと思わないかん」ということになるならば、自分自身に向かっていうときには、何かをごまかしあきらめるような意味をもち、人に向かっていうときには、自分の思いを押しつけるような重圧を持った言葉になるのでしょう。いづれにしても「ありがたい」という言葉が生まれてくる本来の出どころからはずれたものになってしまうのは確かなようです。

私自身もよく口にするこの感謝を表す言葉について考えたみた時、それが自分のどんな思いから出たものなのか、また本当に頭が下がったところから出ているのかどうかを、改めて確かめていかねばと思わされたことです。

027聞く力

三枝明史

私たちお寺で生活する者は、門徒さんとの日々のお付き合いの際に、そして社会と関わる中で、さまざまなお話や悩みを聞かせていただきます。聞く側として、相手に寄り添って聞けているだろうか、自分の価値観や基準で聞いてしまっているのではないだろうか、あるいは、傾聴を通して自分もまた学び、自己を開いていけるような、そんな関係を相手と結ぶことができているだろうかなどと、忸怩(じくじ)たる思いを抱えています。

ところで、阿川佐和子さんの『聞く力』(文春新書)という本が30万部を超えるベストセラーになっています(その後、130万部を超えるミリオンセラーになりました)。「聞くこと」への関心の高さが窺われます。どうしたら上手に話が聞けるのか、過去20年以上にわたって、週刊誌の対談コーナーで900回以上も著名人の話を聞いてこられた阿川さんから聞き上手になるためのヒントを得たいという人があまたいらっしゃるのでしょう。そして、それは、もしかしたら、自分の話をとことん聞いてほしいのだ、という思いを持っておられる方がたくさんいらっしゃることの裏返しかもしれませんね。

もともと阿川さんはインタビューが得意で対談を始められたわけではありませんでした。仕方なしに引き受けただけで、まったく自信がなかったとか。中途半端で、モノを知らない無能な私がこんなことをしていていいのだろうかと、コンプレックスや空虚な思いを抱えながらのスタートだったそうです。

ある方との対談で素敵な言葉を聞き、その言葉に励まされ、はじめてこの仕事を続けていくことに前向きになれたそうです。

聞く側の者が話し手から勇気をもらうということでは、被災者を励まそうと被災地に入ったボランティアの方々が、一様に「被災者の方から励まされた」と語られていることが思われますね。

阿川さんは、聞くことを通して自分の生き方を肯定することができ、人生の役割を見出すことができたのだ、とも言われています。聞くということは相手のことを知ることであると同時に、自分自身のことを教えられる、知らしめられる、ということであるのかもしれませんね。さらには、話し手・他者との関係性を繋ぎ結ぶだけではなく、自分自身の閉鎖性を打ち破り、「他者と共に」という地平を切り開くものなのかもしれません。どうやら聞法・仏法を聞くということにも通じてきますね。

阿川さんは「聞く力」は「生きる力」、「生き抜く力」なのだとおっしゃっています。聞くという行為が持つ秘密の力に、皆さんも一緒に迫りませんか。

阿川佐和子『聞く力―心をひらく35のヒント―』(文春新書)

NHKホリデーインタビュー「“聞く力”は生きる力~作家 阿川佐和子~」(2012年9月17日放送)

026子どもたちに願うこと

大橋宏雄

私はこの夏、福島の子どもたちと出会い、9日間を一緒に過ごしました。それは子どもたちの笑顔でいっぱいの9日間でした。しかし、私たちの出会いの背景には震災と原発事故があります。子どもたちの笑顔が具体的な現実として、痛みとともにそのことを突きつけてきます。

子どもたちと過ごす間、折りに触れ思い起こされてきた言葉があります。それは藤元正樹先生の「できっこないことが人間の最も深い願いじゃないですか。できることなら願う必要はない。できんから願うんだ」

という言葉です。

仏様は私たちに何も要求しません。しかし、私たちに「願い」をかけておられるのだと教えられています。その「願い」とは一体どのようなものなのでしょうか。

私たちの日ごろの「願い」というものはそのほとんどが「欲望」です。自分に都合が良いことを願い、それを叶える為に努力をします。叶わなければ何かのせいにする。私たちはそういうあり方をしているのではないでしょうか。

そういうあり方をしている「私」が目の前のこどもたちに一体何を願うのか、ずっと考えていました。そして、そのことを子どもたちに話す機会が訪れました。

私は、「あなたたちの大事な大事な人生が、大事に大事にされていくことを願い、祈っています」と話しました。それは「私」の努力でどうにかできることではありません。そして、子どもたち自身の努力でもどうにもなりません。

しかし、私たちの出会いの縁を思うとき、また私がこれまで教えられてきたことを思うと、そうとしか言えませんでした。そして、それは私自身にも願われていることではないかと思いました。

今、子どもたちの顔を思い出しながら、私の心に浮かぶのは「笑顔でいてほしい」、「また会いたいなぁ」というようなことです。しかし、その奥には、一人一人の大事な人生が、大事にされていくことを願うということがあるのではないかと思います。

025「現在」を楽しむ

中川和子

先月、8月3日に、長女9歳の得度式に家族全員で京都の東本願寺に行ってきました。およそ150人受式者が全国から集まり、その殆どが15歳以下の子どもたちでした。

その子どもたちに向けて、受式後、宗務総長からお祝いのお言葉を頂きました。そのお話の中で、親鸞聖人が9歳で得度をされた時に詠まれたといわれている次のような歌を紹介されました。

明日ありと思ふ心のあだ桜 夜半に嵐の吹かぬものかは

そして、親鸞聖人が生きられた時代はたいへんな飢饉に見舞われ、食べる物がなく、今のようにファミレスやコンビニもない、明日生きているかさえ分からない生活の中で、「今」この瞬間を如何に生きるかの大切さを表現された歌だとお話されました。

また、世間では「過去現在未来」と言うが、お経では「過去未来現在」と言い、「現在」を一番大切な瞬間と教えてもらっていることもお話頂きました。仏様の教えに出遇うのは「現在」しかないという親鸞聖人のお言葉を頂いたことです。

以前読んだ本で「極楽」のことを、死んでから往くところではなく、「現在」私たちが生きている瞬間が、「楽しみの極まり」と書いて「極楽」とよぶのだと言われていました。

先日、雑談中に、ある坊守さんが、4人の子育てに老僧夫婦やご住職の食事、お寺のことに追われたいへんだったが、「楽しかった」と当時の瞬間的な思いをお話され、「だって、4人の子どものいろいろな関係と、ご門徒さんやお寺の付き合い、その数分だけのつながりが出来て、本当に楽しかったし、今も楽しい。これは、こっちからどんなに求めても得られない出遇いだから」とおっしゃいました。

私はその言葉を聞いて、自分が自分の「現在」を「極楽」とは思えず、どこか先送りしたところにある「極楽」ばかり求めていることにはっとさせられました。自分からは求めても得られない、有り難いたくさんのご縁の中で「現在」を生きているのに、「現在」を「極楽」に出来ない「私」がおるなと思います。

娘の得度式をご縁に、私自身が、「現在」を楽しむことを仏様から願われているのだと教えて頂き、共に教えに出遇わせて頂けたことを本当に嬉しく思いました。

024念仏のはたらき

酒井誠

蓮如上人の『御文』(五帖目一三通)に、

それ、南無阿弥陀仏ともうす文字は、そのかずわずかに六字なれば、さのみ功能のあるべきともおぼえざるに、この六字の名号のうちには無上甚深の功徳利益の広大なること、さらにそのきわまりなきものなり。(真宗聖典839頁)

とあります。

住職になり、ご門徒から時々「どうして本山にはお札とかお守りが売っていないのですか」という質問を受けます。

私たちが何気なく感じる宗教とは、災いを除いて福を得る、除災招福であり、そういう意味の現世祈祷です。お念仏を称えるということも、そこには先祖供養の願いが込められ、先祖供養を通して家内安全や商売繁盛などを祈るということが行われ、そういうことが私たちの宗教心であると思われています。

そのことに対して、仏教は真理として「一切皆苦(いっさいかいく)」、思い通りにならないということを説きます。その代表が生・老・病・死の四苦であります。生まれた以上、必ず死ななければならない矛盾を抱え、生きる間には必ず老い、病になり、死んでゆくということが避けられないのです。

しかも、その事実を、私たちは事実として受け止めてゆくことが容易ではありません。私は数ヶ月前に痛風発作が起こりまして、それ以来、薬は飲んでも時々痛み、痛む足を引きずってお参りに行くということが続いています。そうしますと、「どうして自分だけがこんな目に遭うんだ。理不尽な」という愚痴しか出て来ないのです。

つまり、生・老・病・死という四苦が人生の事実であると教わりながら受け入れられないのが私たちなのです。生・老・病・死の人生に意味や価値が見出せないのです。むしろ逆に、健康で長生きして、しかも裕福に、ということばかりを願っているのです。

最近の風潮を見ても、金と健康が、現代における本尊かと思うくらい、喧しく大事だ大事だと叫ばれています。その一方で、ますます老・病・死は無意味・無価値と思われています。

そういう時代にあって念仏はどのようなはたらきなのでしょうか。

親鸞聖人は『教行信証』の「行巻」に、

悲願はなお大地のごとし

と二ヵ所引文されています。

私たちが老・病・死の人生に一体何の意味があるのか、と倒れ伏す大地、その大地はまた私たちが立ち上がり歩む時に支えてくれる大地です。

念仏とは、悲願とは私たちの死んでゆく人生に、老・病・死の現実に倒れ伏している私たちに生きる情熱を呼び起こしてくる、そして、立ち上がる時を待ち続け、大事に生きてほしいと願い続けてくださるいのちの叫びではないでしょうか。

023分別奮闘記

仁宗寿

8月も中旬となり、夏真っ盛りです。桑名別院境内においても蝉の声が響いています。うだるような暑さの中、皆様方は如何お過ごしでしょうか?

私はというと、今年から社会人1年目であり、慣れない環境に右往左往しながら、日々を生活することに必死になっています。朝から自分の出したゴミの分別に奮闘した後、目の前の仕事をこなすことに躍起になっています。

私たちは慌しく過ぎ行く日暮の中で、折に触れて様々な方々と接しています。当然、皆さん誰もが一人一人違う考え方を持つ他人同士ですから、意見が合わなかったり、お互い好き嫌いがあったりすることと思います。私たちは好きな人・嫌いな人を分けて、自分の居心地のいい環境を作ることに必死です。

人間関係と同様に私たちは、自らの善し悪しによって物事を分けることに毎日奮闘しながら生きているのではないでしょうか。自らの考えを正しいものとして、人と比べ、人を責め、苦しいことを避けて、楽しいことを求めることが世間の常識ではないかと思います。

善悪や苦楽といった物事を分別する心にとらわれる、そんな私に「あなた自身はどうなんですか。仏教は内観道なんです。世を超えなさい」という言葉を学生時代に恩師からかけていただいたことを想い出します。

自分にとってのややこしい不都合を他人や環境のせいにして逃げていた私に、ややこしいのは世の中ではなく、何よりもこの私であったことを恩師の言葉を通して、気付かされたように思います。

仏法を聞いても、なんでも自分の思い通りになったりする訳ではありません。仏法とは、右往左往する人生の苦悩に向かい合い、それを引き受けて生きていくことができる力になるものではないでしょうか。

022何色のメダルを求めますか

加藤淳

7月27日よりロンドンオリンピックが開幕し、日本のメダル獲得のニュースが毎日報道されています。銅より銀、銀より金とメダルを取ることを要求しているかのようにも聞こえます。

7月21日にお寺での「青年の集い」に参加してくれた参加者の一人から、今年1月に行われた全国高校サッカー選手権で準優勝した時の銀メダルを見せてもらいました。銀メダルはずしりと重く、手にしたときには感動をしました。応援していた時は、私もぜひ優勝して金メダルを取って欲しいという思いでいっぱいでした。スポーツをしている多くの人がメダルを獲得することを目標とし、日々練習に励んでいることでしょう。

2年前に、ある議員が「2位ではダメですか」という質問をして話題になりました。それに対して様々な意見が出されましたが、みなさんはどう思われたでしょうか。

メダルは大会や競技会に参加し、成績が優秀でないと手にすることはできませんが、私たちの日常生活も何らかのメダルを目指しながら生活しているのではないでしょうか。ある意味、家内安全、長寿延命、無病息災というメダルを手に入れるために日夜努力しているのではないでしょうか。

しかし、メダル獲得を最終的な目標に掲げると、病気や事故に遭った時には、「どうして自分ばかりがこのような目に遭わなければならないのか」と愚痴をこぼし、自分のおかれている現実を受け止めることができません。病気になるのも、事故に遭うことも、これもまた自分の人生だと受け止めることが大切です。

「無有代者(むうだいしゃ)」という言葉が『無量寿経』にあります。誰も代わることのできない、代わってもらうことのできない我が身であるということが説かれています。

仏法を聴聞していくということは、「あなた自身は本当のあなたを生きていますか」と常に問われていることです。オリンピックの表彰式を見るたびに、喜びまたガッカリする自分を聞き続けていかなくてはなりません。

021思い込み

伊東幸典

特伝で上山した時のことです。奉仕作業で御影堂(ごえいどう)の浜縁を拭いていたら、3歳ぐらいの白いワンピースを着た女の子が目の前に現れて、楽しそうに走りだしました。私は邪魔だなと思いつつ、一息つきたいところでもあったので、「こんにちは」と声をかけました。でも、相手をしてくれる気がないのか聞こえなかったのか、走るのを止めず行ったり来たりの繰り返し。仕方がないので身体の向きを変えて作業を続けていました。きっと大人げない表情をしていたことでしょう。タイムスリップできるなら、その時の自分の顔を見てみたいものです。

しばらくして、女の子の両親が来たようで、会話が聞こえてきました。結構大きな声だったのですが、何を言っているのか分かりませんでした。振り返って口元を見た瞬間、その場の状況をつかみました。会話は中国語のようでした。日本の子どもだと思い込み、そっぽを向かれたと思っていた自分が恥ずかしくなりました。

この頃、ケアレスミスで無駄な時間を費やしたり、勘違いして謝ったりする回数が増えて困ると聞くと、とても親近感が湧くようになりました。中高年世代の友達が集まった際には、必ずこの話題で盛り上がります。自分だけじゃないことが確かめられて安心できるのです。

「おたがいになあ 不完全 欠点だらけの にんげんですがね」

これは相田みつをさんの言葉です。いろいろな不具合が生じ始めて、ようやく他人の痛みや悩みに共感できるようになってきたということでしょうか。