017門徒と共に

檉とし子

「ひとつ夢を叶えてあげよう」と言われたら、「門徒さんと仲良くなりたい」。そう思う時がありました。

門徒さんとどう接していいか、空回りばかり。こんなことも、あんなこともしている。それなのに聞こえてくるのは、評判の悪いことばかり。どうしていいかわからない時がずっとありました。

悶々とした時が長く続きました。

継続は力なりというけれど、そうなのか? 救われるということは、現実を引き受けることではないか、と友人からは言われました。

私の気持ちは愚痴ばかりでした。こんなにも頑張っているのに、相手はわかってくれない。認めてほしい。そんな気持ちでいっぱいでした。空回りしている自分の姿が見えなかったのです。

そんな時、住職の兄に助けを求める手紙を書きました。本心は「そうか、そうか」と言われることを期待していた私に送られてきた手紙の最後には、「お念仏ですよ」という文字が書かれていました。

その後、兄には何度も会っているのですが、言葉の意味を尋ねる勇気もないままに長い時が過ぎています。

私のそんな思いを和らげてくれたのは、今から6年前に坊守会役員として別院の行事に関わった際、ご一緒させていただいた方たちでした。みな、何かしら軟らかく、その姿を見ていたら、私はほんの少し力が湧いてきたのでした。

それからは、犬を散歩させている門徒さんに車の窓を開けて声をかけたり、畑で草取りをしている門徒さんに自転車を停めて声をかけたりすることができるようになりました。昨年、御遠忌団参を目の前にして骨折のためにお参りがかなわなかった方から、11月の動座式に、「奥さんが連れて行ってくださるのならお参りしたい」と言われた時には、本当に嬉しかったです。

まだまだいろんな出来事が湧いてきますが、阿弥陀さんが背中を押してくださっているような気がします。

もうすぐ夏休み。第22回夏休みお勤めの会。今年は何人の子どもたちが本堂に上がってくれるのか、とても楽しみです。