020 三つの「もとどり」を剃り捨てよ

山口 晃生

もう三十年も前の話で恐縮ですが、我が家の新築に際し、家財道具を整理していると、いかにも古い箱が出てきました。開けてみますと半紙を長く半分に折り、和綴じにした帳簿のようなものが出てきたのです。

その中の一冊を見ると、蓮行寺の現ご住職の兄さんに当る長男さんが、誕生した時の門徒からの「祝儀一覧」を書き留めたものでした。

当然の事ながら我が家はどれだけお祝いをしたのか気になり、めくって行くと祖父の名義で「金、○○円」と書かれています。他の家はどうかと一通り目を通した上で、「これは面白いものが出てきた。今度ご院さんに見せたろ」と喜んでいると、横から間髪入れず親父が「やめとけ」と声を荒げました。

何の事かと戸惑っていると、「お前、我が家がいくら寄進したか見て、他家より多かったから見せる気になったのやろう。もし他家より少なかったとしても見せる気になったか」と言われた時には返す言葉もなくそそくさと元の箱に戻しました。

法然上人は「三つのもとどり(勝他、名聞、利養)を剃り捨てよ」と言われましたが、五十年以上も前に祖父が寄進した浄財の額で勝ったという気持ちが起こり、しかも高額寄進者としての名前が孫の私まで有頂天にさせ、さらにご院さんにも自慢したいという自己中心の心で一杯、優越感に満ち満ちていたのであります。まさに「邪見驕慢の悪衆生」になっていた私の気持ちを親父の一言が打ち消してくれたのでした。

その後、ご住職の奨めもあり「特伝」を受講し親鸞聖人の御真影の御前で「帰敬式」を受け文字通り「三つのもとどりを捨て法名」を頂きました。あれから三十年。推進員として親鸞聖人の教えを聞かせて頂いております。

振り返れば「やめとけ」との父の一言が私の根性を正し、仏道の原点を教えてくれたのだと、父との思い出として今も脳裏に焼き付いております。

(三重組・蓮行寺門徒 二〇一七年十月下旬)